サイのマークでお馴染み La Spinetta (ラ・スピネッタ) 訪問

ラ・スピネッタのゲストルーム

ラ・スピネッタへ、急げ!

ピエモンテの2大スターを相手にダブルブッキングするなど、実にけしからん話である。

宿の主にアポの予定を詰められるだけ詰めてしまった。
その結果、 ” Roberto Voerzio (ロベルト・ヴォエルツィオ) ” と ” LA SPINETTA (ラ・スピネッタ) ” を、両天秤にかけてしまうことに。

大抵のカンティーナは、電話しても本人が出ることは少ないし、たとえ電話に出てアポイントを申し込んでも、その日までに忘れられていることは、よくあることだ。

前日にヴォエルツィオに電話した際に、フランス語(?)で「朝10時に来い」と言われたので、家の前で待つことに。
30分だけ見学させてもらい、その足で、LA SPINETTA へ向かう予定だったが、刻々と時間は過ぎるだけ。
門は開くことはなかった。

一目お目にかかりたかったが、残念ながらタイムオーバー。 
あわてて、 ” LA SPINETTA(ラ・スピネッタ) ” のセラーを目指す。

標高の高いLa Morra(ラ・モッラ) の丘の上から、下界の ” Grinzane Cavour(グリンザーネ・カヴール)” 村へ。
Grinzane Cavour の村は ALBAの街からBarolo村へ向かう県道の、丁度真ん中あたり。

ラ・スピネッタの新醸造所

ラ・スピネッタのセラー外観(遠望)

メールで送られてきた地図を頼りに、細い道を進んでいくと、一転、広大な「開拓地」にそびえる、オシャレ醸造所を発見。
一見「大草原の小さな家」のようだが、敷地は驚くほど広大で、建物はムチャクチャでかい。

ラ・スピネッタ・ワイナリーの敷地内

その広大な敷地には、定規で線を引いたように、遠くの県道から延々と砂利敷きの私道が通っていてる。
更に、その私道沿いには、柵が設けられ、中では、サラブレッド(馬)が、放し飼いにされている。
まさに「成功者の邸宅」と呼ぶに相応しい、佇まいである。!

ラ・スピネッタのゲストルーム

僕とメールでコンタクトをとってくれたのは、Anjaさん。
マーケティング・広報・輸出担当の、心優しい、アメリカ人女性だ。
本日のツアーには、もう2組合流するとのこと。

ボトリングマシーンやバリックの横たわる部屋へ入ると、立派な螺旋階段が目に飛び込んできた。

さらに螺旋階段を上がると、天井が高く白を基調とした広い、ギャラリーのようなゲストルームがある。
床はピカピカに磨かれていて、ワックスの柑橘系の香りが室内を覆っていた。

文句があるやつは、かかてきなサイ! 

少しくらいワインに興味がだったら人なら、たとえイタリアワイン好きでなくても、一度くらいは、この印象的なエチケットを見たことはあるだろう。

ルネサンス期のドイツ人版画家 アルブレヒト・デューラーの木版画「犀(サイ):Rhinocervs」を、そのままのズバリでエチケットに印刷した、とてもインパクトのあるエチケットである。

同社のフラッグシップワインである単一畑のバルバレスコには、このサイのエチケットが張られており、

Barbaresco Vigneto Gallina(バルバレスコ・ガッリーナ)は、緑(グレー)
Barbaresco Vigneto Starderi(バルバレスコ・スタルデリ)は、赤
Barbaresco Vigneto Valeirano(バルバレスコ・ヴァレイラーノ)は、青

というように、背景色が異なっている。

冒頭の写真は、このゲストルームの内装を写したもので、サイのフィギュアは、現オーナーのジョルジョ・リベッティ氏が、ファンからプレゼントされたものだ。

「緑(グレー)サイ」「赤サイ」「青サイ」のボトルに並び、陶器でできたボトルの原型とともに、リアルなサイが飾られていた。

バリックの蓋に水を張っているところ

2階のゲストルームから下を見下ろすと、スタッフのオジサンたちが、仕事をしている。
Tonnellerie 社のロゴのはいったバリックの上蓋に、水を張っている最中だった。

水を張ることで気泡があれば、穴やヒビのある証拠なのだそうで、そうした不良品は無条件で破棄される。

下に降りて行ったAnjaさんと作業中のオジサンが、なにやらニコヤカに話をしている。
ラ・スピネッタのバリックのテスト作業
バリックの蓋に水をはるテスト

「ねぇ、ちょっと。 これ、こんなに広げて、いつまでここに置いとくのよ!」
「いやいや、すぐに終わるって。必要な作業なんだし、終わったらすぐに片づけるよ。」
「すぐって、気泡のテストなんてすぐに終わるわけないじゃない。もう、お客さんすぐに来ちゃうのに、何やってるのよ!」
「大丈夫だから。 わかったから。 終わったらすぐに片すから。。。」

と実に微笑ましいやり取りだ。

建物の軒先には、この水張りテストを待つバリックが山積みにされていた。

新品のバリック

他のツアー参加者を待つ間、広報のAnjaさんに、よくある質問を、わざとしてみた。

「なんで、ラ・スピネッタは、サイの絵をエチケットに付けているの??」

この仕事に就いてから最も多く聴かれたであろう。
ハイハイ、と言わんばかりに、

「ジョルジョさんの趣味でね。 強いて言えば“重厚感”を表現しているのかしら。」

引かずに、

「象やゴリラじゃ駄目なの?」
「それじゃ、駄目ね。(笑)」

程なく、アメリカ人の老夫婦と、オーストリア人の子連れの家族やってきた。
奇しくも3大陸に跨る人間が、ランゲ地区の片田舎に集まったわけだ。

ラ・スピネッタのワインが、世界各国で愛されていることがわかる。

ラ・スピネッタのセラー内部

セラーの中は、近代醸造設備のショールームのようだ。
ピカピカに磨き上げられた無数のステンレス製タンクが、まばゆい光を放っている。

ラ・スピネッタの最新鋭のタンク
コンピューターで管理された醸造設備
発酵槽、INOXタンク、ロータリー・ファーメンターは、コンピューターによって全自動で24時間温度管理さている。

これまで観てきた、どのカンティナのものよりも、ハイテクである。

ステンレスタンク

ちょうど収穫されたばかりのブドウを、一次発酵をしていたのだろう。
稼働中の100ヘクリットルのINOXタンクには、 ” Barbera d’Alba Gallina 2007 ” と手書きのメモ書かれていた。

ラ・スピネッタのバリックルーム
施設の衛生面は、隅々まで行き届いている。

ピエモンテの造り手に限らず、多くのカンティナの床は煉瓦張りになっている。
施設を衛生的に保つための工夫で、作業中に落ちた葡萄やジュースを始め・雑菌などを水で床を洗い流すためのようだ。(水はけも良い)
意外に知られていないことだが、良いワインを造るには、大量の水が必要なのである。

ボトリングマシーン
実に快調に稼働しているボトリングマシン。
マーケットヴァリューの高い「サイ印」のワインが、ジャンジャン製品化されていく。
ビンのぶつかる音が、なぜか、チャリンチャリンと聴こえてしまう。

LA SPINETTA の 沿革

” LA SPINETTA(ラ・スピネッタ) ” は、「古くて新しい」ワイナリー。
いわゆるワイン屋としての歴史は、3~40年そこそこ。
軒並み老舗が並ぶピエモンテでは、まだまだ新参者である。

同社は、むしろ ” Rivetti(リヴェッティ) ” としての方が、名前が通っている。

Rivetti 家の歴史は、現当主ジョルジョの祖父にあたるGiovanni Rivettiが、1890年に南米アルゼンチンからピエモンテの地へたどり着いた時から始まる。

当時のピエモンテは、ワインバブルに沸く黄金時代だった。

多くのイタリア人が夢みたように、Giovanniも、「いつかは自分もワイン造りでの成功したい」という想いを胸に、ピエモンテの片田舎に住み着いた。
残念ながらGiovanni自身は夢をかなえることはできなかったが、息子ジュゼッペ(愛称ピン)は、ついにその夢をかなえた。

ピンは妻リディアと結婚を機に、葡萄畑を購入した。

1977年、二人はアスティ県のコムーネのひとつ ” Castagnole Lanze(カスタニョーレ・デッレ・ランツェ) ” にある、「 LA SPINETTA 」の丘の頂上付近に住居を構えた。
ワインメーカー ” LA SPINETTA(ラ・スピネッタ) ” 誕生の瞬間である。

普通、「アスティ県のワイン」といえば、真っ先に思い浮かぶのが、モスカート・ダスティ、もしくは、アスティ・スプマンテであろう。
Castagnole Lanzeも、モスカートの生産地として有名な場所だった。

従来モスカート・ダスティは、軽く・単調な甘口食後酒との位置づけだったが、ピンは、モスカートという葡萄の可能性を信じてうたがわなかった。
彼は、史上初の「単一畑」のモスカート・ダスティ ” Bricco Quaglia ” と ” Biancospino ” を造り、その品質の高さを証明した。

時を経て、ジョルジョの代になり、「高品質赤ワイン」製造を中心とした、彼の戦略が見事的中する。

1985年、同社初の赤ワイン、 ” Barbera Ca di Pian ” をリリース。

1989年 バルベラとネッビオーロのブレンドワイン ” PIN ” をリリース。その名のとおり、このワインは、父に捧げたもの。

1995年 単一畑のバルバレスコ ” Barbaresco Gallina (緑のサイ)” を初リリース。

1996年から1997年にかけ ” Barbarescos Starderi(赤サイ)” 、 ” Barbera d’Alba Gallina ” 、” Barbaresco Valeirano(青サイ)” が続く。

1998年は ” Barbera d’Asti Superiore ” が誕生。

ジョルジョの野望は、とどまるところを知らない。

2000年 悲願だった D.O.C.G. Baroloを発表。
” Campe ” と名付けられたバローロのエチケットには、ライオンの木版画が描かれた。

ちなみに ” Campe ” の畑は、2003年に完成した ” Grinzane Cavour(グリンツァーネ・カヴール)” 村の新しいセラーの裏にある畑である。

2001年、遂にピエモンテを飛び出し、トスカーナに65ヘクタールの畑を購入。
同社初のサンジョベーゼ100%のワイン ” Sezzana(セッツァーナ) ” をリリース。

2007年、同社第3番目のカンティーナ ” Casanova Winery(カサノヴァ・ワイナリー)” がトスカーナに完成。

テイスティング

Anjaさんのラ・スピネッタの歴史に耳を傾け、ラ・スピネッタのワインをいただく。
試飲させてもらったワインは以下のとおり。

  1. Barbera Ca di Pian 2005(バルベーラ・カ・ディ・ピアン)
  2. Barbera d’Alba Gallina 2005(バルベーラ・ダルバ・ガッリーナ)
  3. Nebbiolo d’Alba Gallina 2005(ネッビオーロ・ダルバ・ガッリーナ)
  4. Barbarescos Starderi 2004(バルバレスコ・スタルデリ)
  5. Campe Barolo 2004(カンペ・バローロ)
  6. Moscatd’Asti Bricco Quaglia 2006(モスカート・ダスティ・ブリッコ・クワリア)

Anjaさんの解説によると、
ラ・スピネッタを語るうえで重要なキーワードは、「色(外観)・香り・味わいとも、限りなくクリーンなこと(だぶん「よどみ」がないことを言いたいのだと思う)」
なのだそうだ。

たしかにどのワインも「雑味」はほとんど感じず、非常に濃く抽出されて、ジャミーな味わいは共通している。

更にAnjaさんの解説は続く。
「醸造・発酵の状態に応じ、適宜様々なタンクへワインを行き来させることで、味わいがよるナチュラルになる(彼女の表現)」
※ 例えば、バルベラならば1年バリックで熟成さえた後、INOXにもどしてから更に6ヶ月熟成させる。

彼女のいうナチュラルな味わいを演出する決めてとなっているのは、おそらく「フィルタリング」の技術にあるのだろう。
なめらかなタンニンのフルボディのワインにするには、相当丁寧なフィルタリングを行わなければならない。

ハードな清澄工程を経ても、ワインのスケール感を保つには、凝縮した葡萄が収穫が不可欠である。

各ワインの寸評

Barbera Ca di Pian 2005 と Barbera d’Alba Gallina 2005

前者は、若いエリアのバルベラである。ヴィンテージも若く強いタニック感があるが、果実味が強くフルーティーな印象。
後者の方が樹齢が古くよりジャミーで深い味わい。後者のほうが、お買い得感があり。

Nebbiolo d’Alba Gallina 2005

ネッビオーロの個性が強調されている印象。味わいは力強く長い酸味を感じます。青い茎の香りも程々で心地よい。

Barbarescos Starderi 2004

甘さを感じるほど完熟した果実味が特徴。タンニンは見事なまでに、液中に溶けこんでいて、エレガントさと力強さの両方を兼ね備えている。

ちなみにLA SPINETTAの上級キュベに書かれている「VURSU」は「ヴースー」と読む。
ピエモンテ語で「インポータント」という意味。

自分たちのワインに対する、絶対の自信が伺える。

Campe Barolo 2004

百獣の王「ライオン」のエチケットか印象的。

前述のBarbarescosを飲んだ直後のためか、果実の甘みを際立って感じた。
タンニンもよりも強く、たくましい。

これがジョルジョ・リベッティが思い描く、「モダン・バローロ」の頂点の姿なのだろうか?
気軽に楽しめる味わいだが、僕らが「バローロ」という響きに期待を寄せる厳格な雰囲気とは、かなり違う感じがした。

Moscato d’Asti Bricco Quaglia 2006

ここまでジョルジョへの賛辞を積み重ねてきた後で、言うのもはばかられるが、LA SPINETTA の神髄は、やはりアスティ・スプマンテである。

誤解を恐れずに言えば、高価なバローロやバルバレスコも、この見落とされがちな Moscato d’Asti の完成度の高さには、未だ追いつけていない。

確かにこの日飲んだ赤ワインは、いずれも飲み頃には達してはいない。
「赤サイ」や「ライオン」に至っては、あと10年は寝かさないと、その真価を問えない。

しかし「赤サイ」と「ライオン」は、すでに味わいの中に木の若さが味に露呈しおり、ややもすると単調にすら感じる。
偉大な Moscato の出来栄えに追いつく日がくるだろうが、今のタイミングでは、バローロ、バルバレスコの偉大な作り手として語るには、「なにかが足りない」印象がぬぐえなかった。
カクテルのように甘く、アルコール感の強いワインは、あまり自分の好みではないからかもしれない。

仕事の途中、わざわざ抜け出してきてくれたジョルジョ・リベッティ本人に対しては、口が裂けてもそんなことは言えなかったが。。。

今回試飲した赤ワインの中で、2番目に飲んだ、 ” Barbera d’Alba Gallina 2005 ” は、バルベラの旨味や深みを伝える、素晴らしい逸品だった。

カンペ畑

では、最後にとっておきの一枚を。
ラ・スピネッタのカンペ畑

ネッビオーロをたわわに実らせたカンペ・バローロ畑の写真。
除草や農薬をまかず、葡萄の木の下草は一切刈られていない。
タイトな植樹密度は、この写真からも伝わるのではないだろうか。

いつの日か、この畑から「百獣の王」と呼ばれるような、素晴らしいバローロが生まれてくるに違いない。
 

 

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