Piemonte (ピエモンテ)
Bartolo Mascarello
バルトロ・マスカレッロ
生産者に関する基本情報
Official Productor Name
Cantina Mascarello Bartolo
Address
Via Roma,15 -12060 Barolo (Cn)
WEB
Foundation Year(創設年)
1918
Gross Area (栽培総面積: ha)
5
当該ワイナリーの詳細情報
伝統派バローロの顔とも呼べる、生産者。
1918年 バルトロの父、“Giulio Mascarello(ジュリオ・マスカレッロ)”氏が、“Cantina Sociale di Barolo”の管理者を務めていたこともある、父(バルトロの祖父)バルトロメオ氏の支援を受け、ワイナリー“Cantina Mascarello(カンティーナ・マスカレッロ) ”を、設立した。
※ バルトロメオ氏は、ラ・モッラ村の“Torriglione(トッリリオーネ)” で生まれ育ったが、バルトロメオ氏が生れる以前から、一族がそのエリアにブドウ園を所有していたらしい。
同社のバローロは、昔ながらのランゲ地方の伝統に則り、異なるエリアに点在する、複数の畑から収穫される葡萄をブレンドしているが、“Cannubi(カンヌビ: 1ha)”、“San Lorenzo(サン・ロレンツォ: 0.3ha)”、“RUE(ルーエ: 0.8ha)”の畑は、1930年代に、ジュリオ氏の代に購入されたものである。
現在、エチケットに記載されている、もうひとつの畑 “Rocche(ロッケ: 1.2ha)”は、バルトロ氏の代になってから購入された。
※ ワイナリー創設当初、モンフォルテ村の“Bussia(ブッシア)”に隣接している“ Monrobiolo(モンロビオーロ)”にネッビオーロを植えていたが、現在は、ドルチェットが植えられている。
バルトロ(1926年生まれ、2005年没)氏は、1960年代からワイナリーの運営に加わった。
氏は、バローロ本来の特徴である、30年以上もつ長期熟成のワインにこだわり、バリックを使ったインターナショナル・テイストのバローロには、懐疑的であった。
ランゲ地方では、昔から剪定によって収量をコントロールする術をもつ、高い技能の栽培農家も少なくなかった。 そのため、バリックの使用だけでなく、いわゆるバローロ・ボーイズが喝采を浴びている時代に、「グリーン・ハーベスト」「強剪定」といった言葉が一人歩きしている状況にも、眉をしかめていたという。
農夫としての身の丈を守り、ランゲの伝統にこだわりワインを造り続けたが、1990年代半から病気で脚が不自由になり、車い椅子生活となってしまった。
以降今日まで、ワイナリーは、バルトロの奥様フランチェスカ女史と、バルトロの娘、“Maria Teresa(マリア・テレーザ)”女史によって、運営されている。
バルトロ・マスカレッロと言えば、マニア心を擽る「アートラベル」のバローロである。
車い椅子生活で畑に出られなくなってからは、日々オフィスで机に向かい、エチケットのイラストを描いていた。
アートラベルには、ランゲ地方の風景や、自分たちの生活、田舎の生活を描いたものが多いが、特にセンセーショナルだったのが、1996年に登場した“ No Barriques, No Berlusconi(ノー・バリック、ノー・ベルルスコーニ) ” と描かれた、反ベルルスコーニ首相をうたったものである。
“ No Barriques, No Berlusconi(ノー・バリック、ノー・ベルルスコーニ) ”には、テントウムシや蟻(バグ)を描いた小さなシールが張られている。
シールをめくると、笑顔のベルルスコーニの写真が顔を覗かせる、という趣向である。(つまり、「バグ(欠陥)」のある男、という暗喩である)
アートラベルは、プレゼント用に張られたり、大量買いしてくれる顧客のために、数本の中に1本程度の割合で、まぎれているという代物で、一般的には極めて入手困難なものである。
現在、同社が所有する畑の総面積は、約5ha。 バローロの生産は1.5~2万本程度で、これを世界中のバローロ・ファンが奪い合っている状況である。