Luciano Sandrone (ルチアーノ・サンドローネ) 訪問
恐らくランゲ地区では一番有名なクリュの名前であろう。
一般的に日本語では「カンヌビ」と表示される。
英語でも同じように発音されるが、地元では「カヌッビ」と言われることもある。
” Cannubi “の名は、歴史的な文献を紐解くと1700年頃にまで遡ることができるらしい。
また、現存する最古のワインボトルはランゲ地区のマンゾーネ家が所有しており、そのボトルにのエティケタには ” Cannubi 1752 “と明記されている。
はたして260年以上も前から、「モノポール(単一畑)」という概念が、ランゲ地方にあったのかは、判らない。
ただ、我々が生きる現代においても、” Cannubi ” の畑の名がついたバローロには、「何か特別なモノを期待をせずにはいられない」魅惑的な響きがある。
そして、この” Cannubi “という言葉を聞いて、真っ先に思い描くバローロこそ、LUCIANO SANDRONE(ルチアーノ・サンドローネ)が造る、 ” Barolo Cannubi Boschis “(バローロ・カンヌビ・ボスキス)だ。
サンドローネ・ワインの特徴
“Luciano Sandrone(ルチアーノ・サンドローネ)”といえば、エリオ・アルターレ、ロッケ・デイ・マンゾーニ、パオロ・スカヴィーノ、ドメニコ・クレリコ、ロベルト・ヴォエルツィオ達と並び、「モダン・バローロ」の第一人者である。
バローロ村に拠点を構えるサンドローネは、小さいながらも、Cannubi に畑を所有し、単一畑のバローロを造っていてる。
生産本数は少なく、世界中のワイン・ラヴァーが憧れるワインである。
人気の ” Barolo Cannubi Boschis ” に至っては、世界レベルで争奪戦が繰り広げられる。
特に1990年の Cannubi は秀逸で、同セラーの存在を世界に轟かせたヴィンテージの一つである。
さて、「モダン・バローロ」の特徴を語る上で、「ロータリー・ファーメンター」や「密植」を差し置き、真っ先に話題に上がるのが「フレンチ・バリックの導入」であろう。
醸造工程にバリックが取り入れられたことで、熟成期間が短縮され、フレッシュ感があり早い時期から楽しめるワインが登場した。
同時に、樽の味しかしない、工業製品のように同じような味わいのワインも大量に生まれた。
サンドローネの造るワインを飲む度に感じるのは、「なにか魔法がかけられているのでは?」と思える程、クリーミーで柔らかい舌触りと、「果実味・酸味・タンニン・ミネラル」が高いレベルでバランスが取れている点である。
どのワインにも共通して「サンドローネらしい特有の柔らかさ」がある。
この「らしさの秘密」を、実際に現場に行くことで、少しだけだがうかがい知ることができた。
いざ、サンドローネのセラーへ
アルバ町からバローロ村へと車を走らせる。
村内最大手「FF(フォンタナフレッダ)」社の前を通り過ぎると、1897年にイタリア初代大統領ルイジ・エイナウディが創設した「ポデリ・ルイジ・エイナウディ」社が所有する、広大な「Cannubi」畑が見える。
エイナウディの広大な畑に目を奪われながら更に進むと、畑に面した細い小道が、申し訳なさそうに現れる。
その小道を行くと、ようやく、小さくて可愛らしい「Luciano Sandrone(ルチアーノ・サンドローネ)」のカンティナが見える。
物陰に隠れているように、ひっそりと立っているため、初めて訪問する者は、皆、苦労させられる。
迎えてくれたのは、ルチアーノの愛娘であるBarbara(バーバラ)さんだった。
バーバラさんと、2人だけのテイスティング
実は、Barbara(バーバラ)とは、訪問前する以前からメールやfacebookでやり取りをしていた仲だった。
予め余分にバーバラさんにお時間を取っていただき、カンティナの歴史や味わいの特徴について、話を伺うことができた。
彼女は、悦びに充ち満ちた表情で語ってくれた。
要約すると、
- 「大手のネゴシアンで働いていたLuciano氏が興した、まだ歴史の浅い、本当に小さなカンティナである」
- 「モダン・バローロのブームに乗り、急激に成長できて私達は本当にラッキーだった」
- 「世界中に自分たちのファンがいて、本当に幸せである」
という話だった。
テイスティングメモ
- ドルチェット・ダルバ 2006
フレッシュ&フルーティー。あとからバリックの香りがしっかり上がってくる。
直ぐにやってくるタンニンはドルチェットらしさが表現できていると思う。 - バルベーラ・ダルバ 2005
自宅ストックの’01の凝縮感に比べ、この’05はデリケート(繊細)であった。
バルベーラの持つ酸の強さは、しっかり。 - ネッビオーロ・ダルバ ヴァルマッジョーレ 2005
これも01の凝縮感に比べ、’05はデリケート。
この年は酸が、少し前に出てくるようだ。
バリックのニュアンスは前記のバルベーラ・ダルバ ’05同様、ワイン全体の味わいを支配するほどではない。 - バローロ・レ・ヴィーニュ 2003
1999年が初リリースの、Luciano Sandrone社のフラッグ・シップの1つ。
4つのエリアのバローロをアッサンブラージュして造る。ランゲの伝統にのとれば、バローロは単一畑では作るのは希で、収穫地の異なるバローロを混ぜ、葡萄の出来不出来に左右されない、ワイン造りをしてきた。
暑い年のせいか、テイスティングしたアイテムの中では、この「レ・ヴィーニュ」が、もっとも凝縮感が強く感じた。
異なるエリアを混ぜることで、カンヌビ・ボスキスよりも、複雑性が抜きんでていた。 - バローロ・カンヌビ・ボスキス 2003
Luciano Sandroneのもう1つのフラッグ・シップ。
この年の単一畑「カンヌビ・ボスキス」は暑い年だったは言え、とても酸味が強く、エレガントな味わいである。タンニン分は「バローロ」とは思えない程、滑らかだった。
この繊細さと酸味の強さは、砂質の多いカンヌビの土壌からくる味わいだろう。
テイスティングの最中、バーバラさんに『レ・ヴィーニュ』と『カンヌビ・ボスキス』、どっちが好きなのか、ちょっと意地悪な質問をしてみた。
「えー、それ聞くのぉ?(笑)」
いかにもバツの悪そうなニヤ~リという笑みを浮かべながらも、彼女は『ル・ヴィーニュ』のボトルをしっかり握りしめている。
「だってこっちが(昔ながらの)バローロの味だもん♪」
バローロ村にクリュの概念をフランス・ブルゴーニュから持ち込んだのは、アルターレを筆頭した、ルチアーノを含むその一派であったのだが、まさか愛娘からこのような発言を聞くとは。
今や、カンヌビ・ボスキスは、放っておいても売れていくワインとなった。
もっと『レ・ヴィーニュが売れて欲しい』という、想いが込められいたのかもしれない。
醸造の現場へ
丁度バルベラ収穫の期間に訪問できたおかげて、醸造現場を見せてもらった。
サンドローネのワインの味わいの決め手となってる、醸造工程の「秘密」を、下記に紹介する。
秘密1:プレス
葡萄の重さだけで搾汁するフリー・ラン方式を採用している。
葡萄にストレスを与えないのが一番大切なことなので、ただひたすらほっておくだけ、とのこと。
写真の分量だと、ブレスに4~5時間かかる。
秘密2:フォルマンテーション(一次発酵)
色を濃く抽出し、厳しいタンニンを柔らかくシルキーなものに変えるロータリーファーメンターは、
ワイン醸造分野において「コルク」「ガラス瓶」に並ぶ、20世紀最大の発明である。
彼女曰く、「フォルマンテーションこそ、ワインの味わいに影響を与えるので注意が必要」とのこと。
無論、原材料の葡萄の品質が、パーフェクトな状態であることが前提である。
発酵槽の中を覗き見ると、サンドローネのバルベーラは、除梗(じょこう)破砕は殆ど行っていない。
むしろ梗からくるブーケの香りを大切にしている。(一説には梗を除いて発酵させたワインは、長期熟成に不向きらしい)
通常、バルベーラは3~4日、ネッビオーロなら7~8日間、このマシンで一次発酵を行う。
因みに、このタンク内の上部40%が、「果帽(カボウ)」とよばれる葡萄の果皮や梗などの滓で、その下の60%がワインになるジュースである。
一次発酵の終わったジュースは壁に埋め込まれている配管を通り、イノックス・タンクへと注ぎ込まれる。
搾汁が極力空気に触れない状態で、タンクへと移動させるためのシステムである。
こちらはお役ご免となった樹脂製の発酵タンク。小規模な生産者だと未だに現役で使用しているセラーもある。
秘密3:ラベル貼りマシーン
高額ワインのエチケットが次々ボトルに張られていく、マシーン。
まるで造幣局だ。
秘密4:バリック
サンドローネが樽熟成時に用いるのが、伝統的生産者が好むボッテ(大樽)でもなく、モダン・バローロ生産者が使うバリック(小樽)でもなく、500リットルもの容量がある、大型のフレンチ・バリックである。(ここでは、敢えて「中樽」とでもいうべきか)
一般的なバリックに比べ、約2倍の容量の樽である。
バローロの場合は、2年この中樽で熟成を行い、更に4~5年の間、瓶内熟成を行う。
バルベーラは9ヶ月~14ヶ月熟成を行う。
タンニン分の強いバルベーラは、ややハード・ローストのバリックを使用する。
ネッビオーロには、ライト・ローストのバリックを使用する。
写真は、フランスはボルドー(トロンセ)より、届いたばかりの未開封の樽。
やはり中サイズの樽である。
業者名等、経営情報に関する部分は、一部画像をぼかした。
秘密5:その他
こちらは渡り廊下にあるモニュメント。
貝殻(アンモナイト?)のモチーフの中に、サンドローネを成功へと導いた、歴代のワインボトルが並べられている。
こうしたお茶目な「遊び心」も、「サンドローネらしさ」の表れの1つ。
僅か2時間程度の訪問だったけど、とても学びの多い訪問だった。
偉大なバローロ生産者の一人であり、苦労人Luciano氏が理想とするワインの方向性を、目と舌で体感するとができた。
ごらんのように、バーバラさんは、とてもチャーミングだ。
何故ランゲの女性は美人が多いのか、この秘密は判らずじまい。
後日談
バーバラさんとは、その後、特別なやりとりがあった。
忘れもしない3.11の直後、震災で被災した日本の様子はすぐに全土に伝わり、イタリア国内は大変な騒ぎとなった。
親日家の多いお国柄のせいだろう。
ルチアーノやバーバラさんも、日本の取引先や関係者、これまでセラーを訪問した、すべての日本人たちにお悔みのメールを送ったようだ。
そのメールは僕のもとにも届いた。
幸い、家族は無事だったが、僕も、多くのものを失った直後だっただけに、有難く拝読させていただいた。
(メールは個人的にあてられたものなので、直筆をコピーするわけにもいかないず、一部を抜粋し、翻訳する。)
バーバさんからは
「なにか、私たちにできるこはないの?」
「あなた達に、ちからいっぱいのハグを!」
と、まるで、自分の家族の危機を知って、いてもたってもいられない、というような様子の文面だった。
「今は大変だけど、日本人は団結すると強いから、あまり心配しないで。
それよりも、日本へのワインの販売量を減らすようなことはしないでね。
サンドローネのワインは人気があるので、流通した分、経済が回って、復興に役立つから。
だから、サンドローネは、サンドローネらしい、仕事をしてね。」
的なメッセージを返した。
意図がうまく伝わったかわからないが、バーバラからはこう返事が返ってきた。
「こんな状況の時に私たちのことを心配してくれるなんて。。」
「私たちは絶対に、日本のみんなのことを絶対に、絶対に、忘れない。( メールには、” Never,never ” と2回繰り返してあった)
だから皆さんも私たちのことを、想いを、忘れないで。。。」
そんな、彼らの「他者を労わる思いやりや優しさ」は、サンドローネの味わいに、よく表現されていると思う時がある。
今日、いわゆる「バローロ・ボーイズ系」のタンニンのまろやかな味わいのバローロに対する、検証が進んでいるが、その多くは、あまり肯定的はとらえられていないように感じる。
しかし、バリックや近代的な醸造設備を使っている生産者を、一蓮托生で断罪するのは、あまりに軽率な気がしてならない。
濃いもの・薄いもの・バリックを効かせたもの、ジャミーなモノ、酸が豊富なもの、それぞれ個性があり、目的にあわせ適切に選択できることが重要なのである。
サンドーネ特融の舌触りの柔らかい、やさしい味わいは、単なる設備によって補完されたものでなく、「刺激的なタンニンを抑えて、ゆたかな葡萄の旨味を十分に感じてほしい」と願う、彼等なりの優しさの表れなのだと思う。
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